高橋悠治

2007
Happy Birthday J.s.bach
ピアノ:高橋悠治
東京文化会館小ホール

 昼公演で、全席自由席というので早めに行く。
 開場の40分も前についてしまいましたよ。
 さすがに早すぎたのか一番乗り。
 当然ダッシュで最前列左寄りという、最高の席を選ぶことができました。
 演奏者に一番近く、タッチも拝める。

プログラム
第一部

第二部

  • J.S.バッハ(偽作?)『ファンタジアとフーガ』ハ短調(BVW905)
  • フェルッチョ・ブゾーニ『大ヨハン・セバスティアンの名による小ソナティナ(ソナティナ5番』
  • 高橋悠治『アフロアジア的バッハ』(世界初演
    • 1.空
    • 2.沈む月
    • 3.浮き雲
    • 4.闇のとばり
    • 5.煙の渦
    • 6.瞬く炎
    • 7.さざなみ
    • 8.冷たい雨
    • 9.散る砂
    • 10.黄昏

アンコール

  • フェルッチョ・ブゾーニ『インディアン日誌』より
    • トウモロコシの歌
    • つぐみ-トウモロコシを挽く

 良かったですよ♪
 悠治さんの演奏を聴くのは久しぶり。
 酔いました。
 悠治さんの解説だと、
「第一部は、バッハのフーガ的な曲と舞曲的な曲」
 ということになります。
 第二部のブゾーニのバッハによる作品はベースになっているのが冒頭の「ファンタジアとフーガ」。ところがこの曲がどうも偽作くさい。
「だから(ブゾーニの曲は)偽物の偽物ということになりますね」
 もちろん偽物を否定しているのではない。
 プログラムの解説で悠治さんはこう述べている。

ブゾーニにとっての音楽は無数の形をとって現れる不可視の本質であり、作曲と編曲や改作(Transcription)の境界はあいまいで、作品は創造プロセスの一瞬を固定したものにすぎない。

 オレ流に言いかえれば創作において「完成」はありえないということになる。常に流動的であり、終わりのないものである。手塚が自作を一生、「改変」し続けたことを想起しよう。
 ブゾーニの在り方は著作権というものの持つ二面性を考えさせもする。
 著作権は創作者の利益を保護すると同時に、その「同一性保護の原則」により、第三者の改作(Transcription)を阻害する。
 例のドラえもん同人誌の一件がどうしようもなく悩ましいのはまさにこの点なのだ。
 著作権制度だけではない。
 商品化のために「完成品」を要求する資本と消費者。
 完成度やオリジナリティを尺度とする価値観。
 それらの制度が何人ものブゾーニ候補を殺してきたのではないか?
 思わず自分の課題に引きつけて脱線したが、悠治さんの解説はかように示唆的で面白い。
 後段のヨーロッパ音楽と世界音楽との関係も興味深い。

世界はますます世界化(グローバリゼーション)する。そのなかでヨーロッパ中心の世界像は、いままで無視されてきた南(アジア・アフリカ・中南米)のひとびとによって修正されていくだろう。

 これもまたオレが最近考えていることと重なってくる。
 先日、とある小さな集まりで「少女漫画・やおい/BL・女性作家が美少女系エロ漫画に与えた影響」について発表を行った。
 その後出席者から「その逆の例を挙げて欲しい」という質問があった。
 正直にいうが、その視点は希薄だった。
 軽々と越境する女性作家たちが、エロ漫画に持ち込んだものは見えやすいが、彼女たちが女性文化に持ち帰ったものについてはフォローしきれていないのだ。
 立ち位置によって世界の見え方は変わってくる。
 音楽に話を戻せば、中世バロック期の西洋音楽が例えばフォルクローレに与えた影響は見えても、中南米文化がヨーロッパ音楽にどんな影響を加えたかは見えにくい。
 演奏会に話を戻そう。
 お目当ては世界初演のアフロアジア的バッハは『パルティータ6番』を素材にした作品。
 素材とは言ってもここまで刻んじゃうと、どこがバッハなんだかアフロなんだかアジアなんだかわかりません。
 短い曲の集合ということもあって、面白いんだけど集中しづらい。
 最初に
「表題は一応、自然現象です。まあとりとめのない感じです」
 と笑わせてたけど、音自体もとりとめのない感じがあり、あっ、もう終わりなの? という感じでした。
 これもまた「過程」にある作品なのかもしれない。
 アンコールはブゾーニの『インディアン日誌』より。
 楽譜屋さんのサイトなどを見ると「日誌」なんだけど悠治さんは「日記」といってたようだ。
「弟子が採譜したインディアンの音楽をベースにしたもので、ドヴォルジャークと同じく、インディアン風なんですね。音を採譜しただけで、どういう時に歌われたものかはわからないわけです」
 ブゾーニドヴォルジャークと同じくアメリカの土は踏んでいるようだが、そのへんはどうなんだろうか?
 今回の演奏会で一番良かったのはブゾーニ
 これまでは「バッハの定番トランスクリプションの人」くらいの認識しかなかったので大層面白かった。
 実際聴くとロマン派らしくドラマチックで、バッハのストイックさとはまた対極的。
 再評価が盛んだそうで、もうちょっと聴いてみたいな。
 会場の物販では前から聴きたかった『日本語で歌う…冬の旅』を購入。
 http://homepage1.nifty.com/vpress/cdsaito.html