トムは真夜中の庭で

トムは真夜中の庭で (岩波少年文庫 (041))

トムは真夜中の庭で (岩波少年文庫 (041))

 これは超オススメの一冊です。読んだのは30年近く前ですが、今でも岩波から出てます。もはやマスターピースです。大昔、詩人の小野十三郎が主宰する大阪文学学校てのがありまして、詩や小説のイロハを教えるカルチャースクールのようなものだったわけです。これがけっこう豪華。実作の指導とは別に毎回ゲストが来て、文学についての講義がある。五木寛之とか、榊莫山とかが来ちゃうワケです。
 五木寛之の時なんか普段の三倍くらいの出席率でしたね。今より三十歳若い五木寛之ですよ。カッコ良かった〜〜。風邪引いてらしたんですが、鼻水をすすると、サッと前列の女性からハンカチが手渡される。五木寛之がちんと鼻をかんで、
「貴重なものをお借りしました。ありがとう」
 とかいってハンカチを返す。普通のオヤジがこれやったら、単にキチャナイだけですが、五木寛之がやると絵になる。サマになる。スターです。オーラが違います。もちろん、話も面白い。
「モスクワに行って、タクシーに乗ったら『お前さん、小説家だって。じゃあドストエフスキーの馬鹿は読んだかね?』ていうんですね。さすがは共産主義の国。帝政時代の作家はドストエフスキーといえども馬鹿扱いなのかとビックリしました。あとでよく考えたら『白痴』のことだったんですね。白痴というと、白痴美という言葉もあるように、何か美しいイメージがあるのですが、ロシア語では馬鹿も白痴も同じなんですよ」
 これは落とし話みたいですが、ドストエフスキーがどういうイメージであの作品を描いたのかということを考え始めると、これがなかなか奥深いわけです。他にも
カフカは発表のあてのない原稿を酒場で朗読してたんですね。酔っぱらいがそれを聞いて『人間が虫になるのかよお』と大笑いするんですね。その時、カフカはきっととても幸せだったと思うんですよ」
 と見てきたように話すんですね。適当なことしゃべってるとは思いますが、これもまた含蓄がありますね。カフカ=不条理文学みたいな既成概念に縛られてちゃいかんぜということだし、作家にとっての幸福とは何かという話でもあるわけです。
 おっと、完全に脱線しました。
 で、五木寛之よりもさらに面白かったのが今江祥智の回。
 失礼ながら短躯、小太り、ヒゲ、ハゲという風貌からステキすぎ(今のぼくと同じタイプですね)。京都弁バリバリのシャベリの上手いこと上手いこと。児童文学ってそんなにオモロイのかい! とたちまち虜になって、今江祥智推奨の傑作児童文学を次々と読破して行きました。
 ホント、優れた児童文学って大人が読んでも面白い。てゆーか、大人が読むとさらに深いとこまで読める。人生経験の少ない子供は子供なりに、甲羅を経たオッサンはオッサンなりに泉から水を汲むことができる。その時、読んだ一冊が、この『トムは真夜中の庭で』でした。どう語ってもネタバレしそうなので、何もいいませんが、なんちゅーか、少女漫画24年組好みというか、初期の萩尾望都が描きそうな、愛らしくも切ないラブ・ファンタジーです。
 で、なんでいきなり三十年前に読んだ本の話になってるのかというと、これが実はとっくの昔に実写で映像化されとったんですね。その事実についさっき気付いて、うわあああああ、見てぇ! と盛り上がっちゃったのだ。しかも、どうやらアンソニー・ウェイがトムを演じてるらしい! おまけに「歌なし」だそうです。うひゃー、純粋に子役としての出演なのか? 日本未発売っぽいですが、もうちょい調べてみます。