カプースチン・ラスト

ラスト・レコーディング

ラスト・レコーディング

 カプースチンの自作自演集。カプースチンの作品を初めて聴いた時には混乱した。予備知識なしに聴くとまごうかたなきジャズ。本作もジャズのピアノ・ソロ。テクニックもすごけりゃ、ノリもいい。しかし、華麗な即興演奏に聞こえるもののすべてが譜面に書かれている。精密に作曲されたジャズともいえるし、ジャズの姿をしたクラシックともいえるわけだ。旧ソ連時代だってジャズがどいうものであるかという知識が入っていなかったわけはない。にも、かかわらずジャズミュージシャンの方向へ進まずに、あくまでもクラシックの音楽家としてジャズそっくりの作品を作り続けたという不思議。この方法しかなかったのかもしれないし、コンセプチュアル・アート的な発想なのかもしれない。予備知識が入っていると、素では聴けない。不思議だし、混乱する。ジャズ・ファンも、クラシック・ファンも困ると思う。逆にいうとカプースチンの作品は、聴く人がいかに自分がジャンル的な聴き方をしてきたかということを考えさせてしまう音楽でもある。あるいは即興演奏とは何かという思弁の開始点にもなろう。録音(複製)芸術における「作品」とは何かということでもある。即興であろうが、即興風の譜面を用いた演奏であろうが、録音されてしまえばそれは盤面に定着された作品である。録音に際して実際に即興が行われたか否かに拘泥しても意味はない。ただ、人は音の背景に物語を求める。それが正しい聴き方かどうかという問題ではない。純粋に音だけで判断するというのも「公正」に見えて、そうではない。そんなことをぐだぐだと考えながらカプースチンを何回も聴く。それがまたけっこう気持ちいい。