藝大オペラ第55回定期公演 「イドメネオ」全三幕

 急に行けなくなった三五千波さんからチケットを譲っていただいた。
 ひじょうに申し訳ない気分(と言いつつ緩む頬)。
 鶯谷からの方が近いという判断でトコトコ歩いて行ったら、裏門が閉まってて、結局正門から入るハメに。むむー、これじゃ上野からでもあんまり変わらないか。
 会場の奏楽堂は、上野公園内に移築された旧奏楽堂の跡地に建てられたもの。旧の方ではリヒテルが演奏会やったはず(NHKのドキュメントで見た記憶が)。現在の奏楽堂はモダンな建物で、規模は1100席。サントリーホールの半分。オーケストラピットも作れるが、舞台自体はオペラを演じるには手狭な感じ。
 演目の『イドメネオ』は、モーツアルト24歳の時のオペラ・セリア。
 物語はギリシア神話をベースにしている。
 タイトルロールのクレタ王・イドメネオはトロイヤ戦争の帰途、難破し、海神ネプチューンに「命を救ってくれるなら、浜辺で最初に出会った人間を生贄に捧げよう」と誓約。ところが、浜辺で自分に駆け寄ってきたのが息子の王子・イダマンテ。誓約が転じて呪いとなるといういかにも神話らしいオハナシだ。で、この神と人との相克に、イダマンテとトロイの王女・イリア、アガメムノン王の娘エレットラ王女の三角関係がからむ。イドメネオは当然イダマンテを殺したくないわけで、クレタから遠ざけようと画策するのだが、イダマンテは父に冷たくされたとウジウジと悩み、約束の不履行に神様は怪物を差し向けて大虐殺を開始。哀れなのはクレタの民人で、何千人も怪物に喰われてしまうのだ。最後はまあネタバレですが、デウスエクスマキナ。ドラマチックで悲劇的で親子愛も男女の愛と憎悪も高貴なる者の義務もテンコ盛りです。ただ、大元のヴァレスコの台本に無理があるのか、冗長な部分もあり、逆にエレットラ王女の終幕での呪詛はどうなっちゃうんだろう? という尻切れトンボ感もある。
 と思ってたら、台本成立の事情はパンフレットの井形ちづる『モーツァルトの歌劇《クレタの王イドメネオ》』にちゃんと書いてあるではないか。これがイドメネオ伝説の淵源にまで踏み込んでいて、興味深いのだが、ここでは割愛する。ただ、井形によると、ヴァレスコが下敷きにしたカンプラ作曲・ダンシェ台本『イドメネー』は全五幕もあって、エレットラ王女の敵役としての面目を充分に施す大悲劇。機械仕掛けの神が降臨したりはしないのだった。
 さて、『イドメネオ』の全曲を聴くのはこれが初。しかし、名アリアはアリア集にも収録されていたりするので耳になじみがないわけではない。
 指揮:A.トレムメル、演出:松本重孝、演奏:東京藝術大学音楽学管弦楽研究部、出演は藝大院生、学部生が中心になっている。うるさい人ならイザ知らず、生オペラ二回目のオレ的には素晴らしい演奏、歌唱。特に役がある人はお見事で、イダマンテ(渡辺大)とイリア(松島歩)の二重唱では目頭が熱くなったし、エレットラ(佐藤綾子)の見得を切るような所作もカッコよかった。しかし、一番は又吉秀樹のイドメネオ。主役を張るんだから当然からもしれないが、アリア「海を逃れたが」は圧巻。
 来年は何をやるんだろ?

参考

モーツァルト:オペラ《イドメネオ》

モーツァルト:オペラ《イドメネオ》